スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

Class Trip ☆ Angel Island

2010/05/21 Fri 04:34

火曜日(18日)は、あみ蔵が通うアダルトスクールのクラスで
課外授業…ということで Angel Island へ行ってきました。

サンフランシスコのフェリービルディングから往復$16のプチ旅。
ピア41にて船を乗り換え、エンジェル島へと向かいます。
BLOG4883.jpg BLOG4881_20100521024809.jpg 
平日だったこともあり、訪れた人もほとんどおらず…静かな島でした。
DSCF4747.jpg BLOG4885.jpg

ここエンジェル島には1910年から30年間、移民局が置かれていました。
アメリカへ移民を望む多くの人々が、いったんこの島に上陸し、審査されたのです。

ニューヨークのエリス島(自由の女神があるリバティ島のとなりです)は、
「東の玄関口」としてヨーロッパ諸国からの移民が多く上陸しましたが

こちらサンフランシスコ(正確にはティブロン)のエンジェル島は
「西の玄関口」として
中国人や日本人…といった多くのアジア人が上陸し、入国の審査を受けたのです。

審査を受けた…といってもそれは容易に進むものではなく
当時の法律や協定、加えて排華/日的な世相の中で非常に厳しい審査だったのです。

短くても数週間、長ければ数カ月もの間、彼らはこの小さな島に留められたのです。

そしてエンジェル島で知られている歴史のひとつが
Picture Bride-写真花嫁-です。

なんとか移民を果たした日本人男性達は
やがてこの地で結婚・所帯をもつことを望みます。
けれど日本へ花嫁探しに帰る旅費などあるわけがなく…
また
当時とても貧しかった日本では、一か八かの賭けに出てでも異国での生活に夢を見る
若い女性も多くいたのです。

そうして彼・彼女らは互いに会うこともなく、たった1枚のお見合い写真だけで
結婚を決め、写真花嫁達はこの島へと上陸したのです。
その数は、たった10年程の間で数万人と言われています。

今ではあまり知られることのない
日本人の移民の歴史がそこにあるのです。

そんなわけで、あみ蔵、一度じっくりとエンジェル島を
訪れてみたかったのです。


しかーし
BLOG4905.jpg BLOG4906.jpg

運悪く、肝心な Immigration Station(イミグレーションステーション)は
復旧工事のためちょうどこの2週間クローズ…(5/25まで)

えーん

エンジェル・アイランドや日本人の移民の歴史は
文献でも知ることは出来るけれど。
彼ら、彼女たちが見た景色を、その窓から見てみたいと思っていたのに。

何を思って
何に希望を見出して

無論インターネットなどあるはずもなく。テレビ・ラジオの情報すらもなく。
英語を学ぶ機会もなく。
その海の向こうに何があるかもわからないはずなのに。

自ら興味を持たなければ
今のこの時代に、日本人の移民の話を聞くことはなくなってしまった。

けれど。
今のあみ蔵が、不自由なく日本食材を手に入れられること
(差別がゼロではないけれど)日本人が受け入れられていること
すべては彼らのおかげなのだと思う。

そして
今この時代でも、たくさんの国から移民してきている人たちが居る。
アダルトスクールのクラスメイトにも。

もちろん、その気持ちを理解することなんて出来ないのだけど
忘れずに居たいと思う。

BLOG4886.jpg

さて。
ここ数日少し真面目な切ない話が続きました。

エンジェル島は、その歴史とは裏腹に
とても景色の美しい、市民の憩いの場でもあるのです。
夏の休日には、ハイキングやピクニックを楽しむ人々で賑わうそうですよ

明日はその写真をUPしまする。
では。

☆ Angel Island Association ☆
http://angelisland.org/
スポンサーサイト
アダルトスクール CA | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。